記念祭準備中(2006年夏〜2007年夏)

吹奏楽部発足の頃(1期 川合)

 50周年に当たり発足当時について一言。昭和32年、5月に発注した楽器が夏休みに入って揃い、他部と掛け持ちの部員も含めて十数名と、きわめて小規模ではあったが当吹奏楽部がスタートした。
 10数台の楽器をまとめて購入したため、最初、すみや楽器店の計らいで指導者を迎えることになった。それがなんと陸軍戸山学校軍楽隊出身の和田小太郎先生という方で、我々は数日間みっちり特訓を受けたのだが、我々の一部には軍楽隊出なんてと、多少軽視する向きもあった。
 でも私は戸山学校軍楽隊は非常に有名な存在であったこと、団伊玖磨、芥川也寸志といった人たちもそこの出身者であることを聞いていたため、和田先生の言 われることは正しいものと決めつけて臨んだので、練習は特に苦になることもなく、初心者である私にとっては為になることが非常に多かった。
 もっとも、前記お二人が戸山学校に生徒として入隊したのは、大戦末期、東京音楽学校(現東京芸大)関係者が、戸山学校を訪れ、「この音楽的素養十分な二 人に関しては、学徒動員で一兵卒として戦場に狩り出されるなら、むしろ音楽技術を以って戦争に協力させたい」と申し入れ、時の戸山学校軍楽隊の山口常光隊 長がこれを承諾して昭和19年に入隊したとの話がある。
 やがて終戦を迎え以後は貧しいながらも平和な時代が訪れ、昭和34年には皇太子(今の天皇陛下)御成婚という明るい話題に日本中が沸いた。記念に団伊玖 磨氏が作曲した「祝典行進曲」は吹奏楽界ではあまりにも有名である(昭和34年全日本吹奏楽コンクール課題曲。その2~3年後、ギャルドも来日記念にこの 曲を演奏したように記憶している)。50周年を祝う意味において、記念演奏会では是非この曲を採り上げて頂きたい。

 

追記:尚、全日本吹奏楽コ ンクールの前身のことであるが、「日常時日本」(昭和16年)、「凱旋行進曲」(昭和17年)という課題曲があったそうで、これらは我々を指導して下さっ た和田先生の作曲によるものであることを、大分後になって知った次第である。

 

志村朋子さん 静岡の名手たちオーデションに合格

 志村朋子さん(44期アルトサックス)は第11回静岡の名手たちオーデションに合格。 
 2006年、静岡大学教育学部芸術文化課程音楽文化専攻卒業。現在、東京ミュージック&メディアアーツ尚美コンセルヴァトアールディプロマ科に在学。これまでサクソフォンを中嶋英乃、北山敦康、彦坂眞一郎の各氏に、室内楽を服部吉之氏に師事。

服部吉利氏(9期Tp)からの連絡(2006/10/10)

 ご記憶にないと存じますが、9期Tp担当、一時部長もやらせていただいた服部と申します。静高ブラバンが50周年とのこと、大変喜ばしく、会長はじめ幹 部の皆様にはいろいろご尽力いただき、HMPGで拝見いたしますと、順調に進んでいる様子、関東在住のため、お手伝いできないことを心苦しく思っておりま す。私個人といたしましては、まだTp現役続行中のため、何とか練習に参加させていただき、本番にも出られたらと期待を込めて連絡させて頂きました。おそ らく練習には、3~4ヶ月に一度位しか参加できないかも知れませんが、日程等お知らせいただきたくお願い申し上げます。
 自己紹介を簡単に・・・浪人の後、中央大学入学、ジャズ研所属、広告業界に就職、のち独立したものの挫折。会社員にもどり、セゾン系のディベロッパーに 就職。業績不振のため会社整理。当時の仲間が設立した、現在の不動産関係マーケティング会社に合流して10年になります。
 同じブラバン出身者ですと、3名ほどしかお付き合いがありません。当時ユーフォニウムを吹いていた馬場信幸くん。彼は今、横浜在住、都内の印刷会社に勤 務しています。もう1名は、当時テナーサックスを吹いていた生田新一くん。彼は現在プロミュージシャンで、五木ひろしさんの音楽監督として、一線で活躍し ています。彼とは学生時代同じバンドを組んでいたよしみで2年ほど前からバンドを結成し、今月イチで練習をしています。静岡在住の花月旅館経営者、林 敏郎くん。ドラムス担当。彼とは帰静のおり、年2~3回飲む仲間です。
 2年前の2004年の静高同窓会には83期が幹事年であったため、同期の大石喜久雄さんに誘われ、会の開催ファンファーレなどを図々しくも吹かせていただきました。現役高校生と一緒になり愉しい思い出です。
 突然のメールで失礼申しあげました。今後のご連絡をお待ち申しあげます。   服部吉利

 

片岡義明氏(8期)逝く(2006/10/27)

 片岡義明君(静高82期、吹奏楽部OB会8期)が亡くなった。平成18年10月26日 すい臓癌 行年59歳
 高校教員生活も定年間近だったが、何事にもまじめに取り組む人だったから在職中も教科担任はもちろん、部活や組合活動まで手抜きできなかったことだろ う。一昨年秋、初期すい臓癌が見つかって入院していたときも仕事の話ばかりしていたし、退院してからも拙宅に来ては早く復職しなければと熱心に語ってい た。
 学生時代はいつも目を赤くしていた。花粉症の先駆者だったのかも知れない。器用だったからパ-カッションから金管までこなしていた。東京に遊学していた 頃はいつもゲルピンで、彼と私は月末になると今は千葉大学にいるOB同期の篠原君の実家に転がり込んでは食にありついたものだった。 中国文学に造詣が深 く、高校の頃から「春秋左氏伝」などに親しんでいた。篠原君の姉上が中文専攻だったので彼とよく議論していたのを思い出す。中国は文革の時代で彼は社会に も学問にも熱心だった。
 静岡に戻ってからはお互いに職も違い、たまに世間話をするくらいだった。でも話の行き着く先はいつも生徒のこと、学校のことだった。物静かな口調だがい つも熱い思いを秘めていた。遅く子を設けたので二人の姉弟はまだ学生だ。死ぬにも死に切れない。奥様と子供さんのことはさぞ無念だったことと思う。
 議論することが流行らなくなった今、義を任じてきた彼は「義明」の名に恥じない生涯だったと思う。廃業が持て囃される今日、人を育て社会に尽くす彼を失ったことは殊の外寂しい。
 片岡義明君のご冥福を心より念じ、草葉の陰からご家族と社会の行く末を見守ってくれることを祈る。合掌。(静高吹奏楽部同期  牧野直)

 

南荘淳氏(13期Cl)からの連絡(2006/12/24)

 静高吹奏楽部 13期 南荘(なんじょう)淳です。15期 宏の兄です。
 静高を卒業して関西に移り住んで、早36年経ちました。
 現在は阪神高速道路株式会社で技術部門の総括的な仕事をしています。
 高校、大学時代はクラリネットと指揮を担当していましたが、就職してから一時期大阪市民吹奏楽団というアマチュアバンドに参加したものの、ここ10数年楽器から遠ざかっています。
 三人いる一番下の娘が中学以来私の楽器を使って吹奏楽に参加しています。
 最近アマチュアのジャズバンドでクラリネットをやっている部下と同じ職場になり、一緒に北村栄治のコンサートなどに行ったりしているうち、またやってみようと気になっています。
 来年のOBコンサートを知り、是非参加したいと考えている今日この頃です。

婚約おめでとう(2007/2/25)

 森章文君(35期 ソニー㈱ 勤務)と、原本奈枝さん(37期 三島市立中郷中学校教諭)が婚約。二人は以前から親しい仲にあったが、OB演奏会の練習に通う都度、益々愛を育み合うようになり、この4月にめでたくゴールインすることになった。森君が横浜から、奈枝さんが三島からわざわざ練習に毎回参加される本当の理由はそこにあったようだが、50周年記念の年に、しか もOB演奏会の練習を通じて結ばれるようになったことは本当に素晴らしく、周りも感動せずにはいられない。このカップルを皆して心から祝福しよう。

 

小柳忠章氏(9期Cl)からの連絡(2007/2/26)

 9期の小柳です。今までOB会に知らんぷりを決め込んでいた悪者ですが、私が今回は何としても演奏に参加しようと決めたのは、創部50年という数字の重みを感じたからです。次に大きなイベントは75周年か80周年。そうなると、自分はこの世に存在しないか、生きていても多分、楽器など演奏できる状態じゃないと思ったから、今回は、無理しても演奏に参加しようと決めたのです。24日の練習は楽しかったです。私は、大学ではオケにも吹奏楽にも加入しませんでしたから、実に40年ぶりのアンサンブルでした。40年の間、サックスやフルートに手を出した為、クラリネットの高音の運指をすっかり忘れていて、楽譜を 見て音を出そうとするが、指使いを間違えて音が出ない状態もありました。ぶっつけ本番など、とんでもないことが分かりました。また東京から練習に行きます。
 クラリネットのいない吹奏楽もあるけど、バイオリンのいない交響楽団みたいで寂しい限りです。皆さん練習に参加しましょう。一桁台の期で練習に参加している人は少ないですが、是非この機会に演奏会に出ると決め、練習に出てきて頂きたい。子育ての真っ最中の方も大変でしょうが、押入れの中にある楽器を引っ張り出して見て下さい。カビは生えていませんか。
 自分の子供にオヤジが演奏する音を聞かせることなく、私の子供達は成人してしまいました。皆さんはそういうことにならないよう、お父さん、お母さんの演奏する姿を見せてやってください。
 川合さん、次回は車でなくて、新幹線で行きますから、しっかり飲みましょう。

 

ナカアキさん(旧姓藤本、34期Cl)からの連絡(2007/3/5)

 はじめまして。34期・・?だと思います。Cl担当でした。旧姓:藤本と申します。(今はナカアキと言います)。
 3月の練習、行けたら行ってみたいな。。。と、漠然と思っていますが、Clはまだ空がありますか?高校卒業以来、数年に一度しか楽器を吹いていませんが、最近妙に楽器が吹きたくて・・・。子連れ参加になってもOKでしょうか?NGでしたら、方法を考えます。
 最近色んな部分に衰えを感じていますので、速い曲についていける自信がありません・・・。でも久々に楽器を吹いてみたい気持ちはあります。子供らは一歳 半と三歳ちょっと。上の子はおとなしく聞いているかも知れませんが、下の子はどうでしょう・・・。 最悪、今度の週末は譜面を頂くだけになってもいいで しょうか?

 

中澤さん(旧姓大山、25期Fl)からの連絡(2007/3/25)

 はじめまして。夏の初練習に参加しました25期 Flの大山と申します。新中二、小五、小二の一男二女の母です。東京在住でご無沙汰してしまい失礼しました。OBサマーコンサートには昭和59年の卒業直後には当然のように参加し、今回もそんな感覚で初練習に行きましたらFlは皆さん若くて当惑してしまいました。それでも是非参加させて頂きたいと思いま す。同期にも声をかけてみます。普段演奏しているわけでもなく技術面では恥じ入るばかりですが、よろしくお願いいたします。楽譜の手配もよろしくお願いいたします。練習日に受け取れたら幸いです。
―その後練習日の3/31日、当の中澤さんから「東京で並んで買って来たから」と高級チョコレートの差し入れがあり、その気配りに感謝しつつ、全員練習後の口を心行くまで癒した次第である。 ―

 

4/3の便り
 現役学生などではありませんが、子供の春休みで帰省の時期に練習を組んで頂けて感謝しております。二十数年ぶりの合奏は至らなさに冷や汗しつつも、自分の中に眠っていたものが呼び覚まされてゆくようです。練習の結果、今後やっておくべきこともわかってきました。皆様同様、日常生活にプラスして何か(今はFlの練習)をやるには相応の意志とエネルギー(情熱?)を要しますね。でもそのために自ら環境を整えていくのも、とても張りのあることです。

 

9期生大奮闘

左から、9期の小柳Cl、服部Tp、大石Tp、林Drum、8期の武田Piano
左から、9期の小柳Cl、服部Tp、大石Tp、林Drum、8期の武田Piano

 3月31日(土)の練習には、9期生4名(東京からCl小柳、Tp服部の両君、地元のTp大石、Perc林の両君)の参加があった。この4人は仕事の傍ら、わずかな暇でも意識して自らを音楽に接するよう様仕向けており、そこから生まれる豊かな人世観には深い感銘を覚える。4人ともプロではないが演奏の方はかなりの腕前で、しかも、音楽に対する謙虚かつ旺盛な研究心は昔も今も全く変わっていない。若い人は是非見習って頂きたい。
 当日は練習の後、先ずボルゾイに繰り出して俄か生演奏、その後は8期武田君の営むピアノバーPaper Moonで夜中の1時過ぎまで再度生演奏。タフな9期生(60歳間近か)である。

 

 なお、静高文化祭の一環として、6月2日(土)、同窓会館にてOB文化祭が予定されており、吹奏楽部OBを代表して12時30分より上記メンバーがジャズ演奏を行います。是非とも多数お越し願います。

 

水上市三氏(6期Cl)からの連絡(2007/7/14)

 ご無沙汰をしております。6期クラリネットの水上市三です。久しぶりの演奏会とても楽しみにしています。
 1年の時は、昼休みに諏訪卓三校長の部屋に楽器を買ってくれと何度も陳情に行ったことや、 3年の夏には甲子園での開会式直後の試合で地元の高校に勝 ち、次の試合までの1週間三宮に滞在することになり、お金がなくなって「金送れ」と電報を打ったことが懐かしく思い出されます。
 還暦を過ぎた今でも、市民吹奏楽団で下手なクラリネットを吹いています。しかし、指は回らない、舌は早く動かない、楽譜を覚えられない、最悪は老眼で楽譜が正確に見えない(例えば、♯とナチュラルの区別がつかない)、という悲惨な状況の中で、音楽を愛する心のみを頼りに、回りの可愛いお嬢さんたち(昔、教えたことのある)の支援を得て、なんとかやっています。
 昨夜、埼玉から練習に参加する予定でしたが、台風のため行くのを中止しました。その時にお願いしようと、又は録音をとってこようと思っていたのですが、できませんでしたので、今回演奏する曲の音源を何でも良いですから送っていただけますでしょうか?ファイルにしてメールして頂いても結構です。宜しくお願い申し上げます。

 

南荘淳氏(13期Cl)からの連絡(2007/7/15)

 大変ご無沙汰しています。先日は楽譜を送っていただきながらお礼のごあいさつもせず申し訳ありませんでした。
社会人になってからも20年前頃まではアマチュアバンドに所属するなどやっていたのですが、一番下の娘が中学でブラバンを始めた時に楽器を譲って以来、ほとんど吹いていませんでした。昨年に記念演奏会のことを聞いて再開したくなり、今年の正月に7万円かけてオーバーホールに出し、休みに少しずつ練習を始めたところです。
 本番2日前の16日ぐらいには静岡入りしたいと計画を練っています。若い方々の足を引っ張らないようにしながらも、息絶え絶えですが何とか完奏したいと思っています。
 当日を楽しみにしています。皆様に宜しくお伝えください。でも甲子園に出場して重なったらどうしましょう。